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「まったく、別にお前は来なくてもよかったんだぞ。レオ」
 レオはコートをソファの背もたれに掛け、ティーセットのあるテーブルへ行く。
 あれから真っ直ぐアランのいるホテルまで来た。
「そうはいきません。私はあなたの側近なんですから」
 カップに紅茶を注ぐとアランの前に置いた。
 アランはカップを手に取り一口飲む。
「…少し遅かったじゃないか?」
「あぁはい。実は綾子さんの所へ寄っていたのです」
「綾子? 学校にか? 確か今日はいないぞ?」
「そうなんですよ、アランがお世話になったお礼をと思ったんですが、ご不在でした」
 アランは呆れた。
「お前なぁ…。綾子とは知らぬ中でもないだろう」
「確かにそうですが、…狙撃されたと聞きましたよ」
 レオの目が厳しくなる。
「……」
「幸い怪我はなかったにせよ、一度お詫びも兼ねてもう一度伺います。今日はご伝言だけお願いしてきました」
 アランは溜息を吐く。
「わかったよ。その時は俺も行く。それにしてもよくわかったな」
「理事長室に行くまで苦労しました。聞いた生徒さんたちは皆さん知らないというし、教員の方も近寄って来ないしで。日本語で話しかけてるんですけどね」
 その時のことを思い出してレオは溜息を吐く。
「それでどうしたんだ?」
 その光景が目に映るようでアランは少し笑った。
「とても可愛らしい方にご案内していただきました」
「へぇ、お前を見て平気なやつがいるのか」
 大概の女はこの男の笑顔にやられるんだがな。
「独特の雰囲気を持った子ですね。私でも一瞬目を奪われます」
 独特の雰囲気…。
「それは…、ブロンドに近い薄茶の髪で、瞳も同じ色だったか?」
「え? ええ、たしかそうでしたね。知ってるんですか?」
「……」
 遥だ。間違いない。
 たった二日、いや実際には一日しか一緒にいなかったのに、印象が強かったせいか忘れられない。
「……」
 普段あまり人に興味を抱かないアランが聞いてくるとは、しかも女性を。たしかに彼女は人目を惹く、性格も悪いようには見えなかった。
 …そういえば、案内役を就けると綾子が言っていた。もしかすると…。
「校内の案内役、もしかしてその子ですか?」
「…ああ」
 なるほど、たった二日間でこのアランが惹かれている、彼女の何がそうさせたのか、非常に興味がある。
 アランには内緒で会いに行こうと密かに計画を練るレオだった。


 目の前には見事な料理が並んでいる。日本懐石並みだ。部屋に通された時点ですでに並んでいた料理。
 …用意周到というかなんというか、あたしが断っていたらどうしたんだろ。
 しかし、気まずい…。この間はピリピリムードだったけど今日は違うからなんだか落ち着かない。とは言いつつ料理は食べる。
 ―美味しい…。この煮付けの味付け教わりたい。でもここってヤクザよね…? 
 などと考えながら料理を食べる遥。
「百面相」
 突如、橘が口を開いた。
 百面相? 意味が分からず遥は橘を見る。
「さっきから眉を寄せて考え事をしていたかと思えば、料理を食べて笑ったり、眉を寄せたりを繰り返してるぞ」
 フッと橘は笑った。
「―っ」
 遥は目を見開くと同時に顔が赤くなるのを感じた。
 しまった、つい美味しいものを食べるとニヤけてしまう癖が。
「…すいません」
 遥は水を飲むと箸を置いた。
「いや、面白いから気にするな」
 面白い…。余計気にするし。
「あの、…今日私を呼んだ理由はなんですか?」
 この間は気まぐれだったとしても、今回は違う気がする。ヤクザのしかも総長が一介の女子高生を相手にするわけがない。きっと何か理由がある。
 橘も箸を置いた。
「理由が好きなやつだな。だがまぁ、今回は理由がある」
「なんです?」
「昨夜、お前の家の前に二人、男がいた。外国の奴だったな」
「……」
 遥はじっと橘を見る。
「夜中だったから誰も気付きはしなかったが。…お前は家にいたか?」
 今度は橘が射るような視線を向けてくる。
 うちの場所も調べ済みってわけね。
「…それでさっきの言葉ですか。…いました、ですが何もありませんでしたよ」
 嘘を吐く。
「本当に何もなかったのか?」
「もし、何かあったのなら、私は今ここにいません」
 奴らは私を連れ去る目的で侵入してきた。
 そう簡単に連れてかれてたまるもんですか。
「…そうだろうな。だが、気を付けることだ」
 橘は酒を口に運ぶ。
「……」
 遥はそんな橘に対して、よく分からないという顔をする。
 まさか忠告するためにわざわざ呼んだのだろうか?
 ヤクザの総長が一般の女子高生に…。まず有り得ないわね。
「不思議か?」
 遥の心を読んだかのような言葉。
「…はい。なぜ一介の高校生にここまでするんです?」
「ヤクザの総長が、と言いたいんだろう?」
 遥は頷く。
 橘は薄く笑う。
「お前が気に入った、というのは納得しないんだったな」
「……」
 この間、『あなたの目には私は映っていません』と言った。たしかにそうだった。
 いつもは他人の目を見るのは極力避けていた。その人の感情が流れ込んでくるから。
 でもあたしはこの人の目を見た。あまりにも冷えた目をしていたから。この間より空気は柔らかくなっているけど目は変わっていない。何がこの人をここまで追いやったのだろう、総長という重圧だけではないような気がする。アランでさえここまで酷くはなかった。
 だけど、どんな理由であるにせよ、あたしと関わりを持たないほうがいいだろう、普通は逆なんだけど、今回ばかりは逆パターンだろうね、あたしはイタリアマフィアと関わってしまっている、下手したらこの人達も巻き込んでしまう。
 遥は時計を見た。もう二十時を回っていた。
「…そろそろ帰ります。ご馳走様でした。」
「…泊まっていくか?」
 橘の言葉に遥は固まった。それはもう目を見開いて。
「な、にを言ってるんですか」
 この人の思考回路はどうなってるんだ!?
「今夜襲われるかもしれないだろう?」
「だからってここに泊まる理由はありません!」
 なんでヤクザのところに泊まらなければいけないのよ―っ。親しくもないのに。
 また理由かと橘は笑う。
「守る術はあるのか?」
「ありますっ」
「どんな?」
「―っ」
 ―う…。まさか能力があるからなんて言えない…。
 そう、あたしには霊能力・超能力といった類の力が少しある。でもそれは限られた人しか知らない。もちろん両親も兄も知らない。知っているのは理事長と生徒会と威だけ。
「ないんならうちに居た方が安全だと思うが?」
「駄目ですっ。迷惑をかけるわけにはいきません」
 下手したらイタリアと日本の抗争になる。
「ご忠告は感謝します。けれどこれは私の問題です、あなたには関係ありません」
 遥は立ち上がった。
「…ご馳走様でした。美味しかったです」
 そう言うと遥は部屋を出て行った。
 遥が出て行った後をじっと見つめる橘。
 フッと笑った。
 本当に気に入ったんだがな。
 そんな橘を、遥と入れ違いに来た榊が溜息を吐く。
「また嫌われたようですね」
「そうでもないぞ」
 くすくすと笑う。
「そうですか?」
 相当気に入っているようだ。
 普通の女性ならもう傾いているはずなのに、あの子は惑わされないようだ。
 年の差は十歳か…。あの子が成人すれば問題ないな。などと榊は思いを巡らせる。
「あぁそうだ、この煮付けのレシピを書いておくよう料理人に言っておけ」
「レシピですか?」
「気に入っていたようだからな」


 まったく、あの人はよくわからないわ。
「でも、ま、今日は機嫌が良かったみたいだからよかったけど」
 …まさか本当にあたしのことを気に入ったのかな…。
 かといって心を読むつもりは毛頭ないけど。
 あの人、歳幾つだろ? 二十代後半かな。それぐらいの歳で二代目か。堅気の人達に迷惑をかけたとかいう話は聞いたことがないけど、その点はちゃんとしてるのかな。
 だから尚更、今あたしと関わらないほうがいい。どうやらむこうは堅気も何も関係ないみたいだしね。
「しばらく避けよう」
 申し訳ないけど、食事のお礼は今回のことが終わってからにしよう。