-10-

 翌日、レオの伝言と、一昨日の事を話すために朝一で理事長室へ向った。
 理事長室へ入って驚いた。レオがいたのだ。
「…パッセさん…」
 驚いている遥を見て、レオは微笑した。
「やぁ、おはようございます。昨日はありがとうございました」
「いえ…」
「遥さん、おはよう。今、あなたのことを聞いていたのよ」
「私のですか?」
 お座りなさいと、理事長は遥を促す。
「ええ。昨日のことですわ」
 じゃあ、本人がいるなら伝言は無しでいいんだね。
「でしたら私は、伝言をお伝えしに来ただけですので」
 当事者がいる手前、一昨日の件はどうしようか…。
「あら、あなたも用事があったのではなくて?」
「…はい…まぁ…、ですがパッセさんとのお話が済んでからでも構いませんので」
「私のことはレオと呼んでください」
 レオはニッコリ微笑んだ。
「え、はい」
「大丈夫ですよ、もうほとんど終わってますから。私はあなたと少し話がしてみたい」
 アランが気に入った子。どんな子なのか興味がある。
 読みが当たってよかった。まぁ、アランには内緒で来てしまったが。
 ニコニコ笑んでいるレオに遥は微苦笑した。
 理事長も微笑みながら紅茶を淹れている。
「アランがね、いたく君を気に入ってるんですよ」
「アランがですか?」
「そう、滅多に他人を気に入ることはないから、いったいどんな子だろうと興味があってね」
 遥は苦笑した。
「たぶん、日本人で珍しい毛色だからだと思いますよ」
 いやいやとレオは首を振る。
「昨日も思ったけど、もし君が黒髪黒瞳だったとしても気になる存在なのは確かですよ。とても魅力的ですよ」
「…っ」
 …また、どうしてこう向こうの人はこうサラッと言えるのか!
 少し頬が赤くなるのがわかる。
 理事長は笑ってるし。
「こういう言葉に少し慣れたほうがいいかしらね?」
「いえいえ、慣れないほうがいいですよ。初々しくて可愛らしい」
 ……いや、慣れるのもどうかと。…初々しいってねぇ…。
 二人の会話に、心の中で嘆息した遥だった。
 コロコロと理事長は笑う。
「それで、遥さんのお話は?」
 どうしようか…
「…この間の狙撃のことはどうなりました?」
 出てきた言葉は空き巣のことじゃなく狙撃。
「それは…」
 理事長は言い淀んだ。まぁ、無理もない。
「一つ言っておきます。弾痕・銃弾からも何も感じませんでした。感じたとすれば『義務』です」
「…義務」
 この際レオのことは考えないでおこう。
 案の定、レオは分からないという顔をしている。
「敵対している組織の者なら、なんらかの感情があるはずです。例えば殺意とか」
「そう‥ね、たしかにそうですわね。それじゃあ…」
「ちょっと待って下さい」
 痺れを切らしたのか、レオが口を挟んだ。
 遥はレオを見る。
「言っていることが分からないんですが。感じるとか感じないとか」
 理事長は困った顔をする。
「…今は分からなくていいです。ただ、今回の狙撃は、プロが雇われているということです」
「…理由は話したくないということですね?」
 はい、と遥はニッコリ笑った。
 意思が固いことを読み取ったレオは、いいでしょうと手を挙げた。
「プロか、じゃあ護衛がいてもあまり意味がないのか」
「いえ、役に立つと思います。狙撃以外もあるでしょうし」
「でも遥さん、あなたはこれ以上関わらないほうがいいと思うわ」
「私もそう思う。情報は有難いですが、君にもしものことがあったら大変です」
 二人は真剣な顔で言った。
 もう遅いかもしれませんと、遥は苦笑した。
 そして、一昨日のことを話した。理事長は真っ青になり、レオは苦渋の顔をした。きっとアランにも話がいくだろう。
 敵はどうでてくるか、たぶんあたしのことは諦めてないと思うけど。
 理事長は落ち着くまでうちに来るように言ってくれたけど、あの人同様迷惑かけるわけにはいかないし、レオはレオで護衛を就けるとか言うし、もちろん断った。とりあえず、何かあったらすぐに連絡するようにと、レオが携帯番号を教えてくれた。
 そして、事はその晩に起きた。



「レオ、どういうことだ。朝からいないと思ったら学校に行っていたのかっ」
 ホテルへ戻ったらアランの苦情の嵐が待っていた。
 予想はしていたので軽く受け流す。
「あなたは狙われている身です。一緒に連れて行けるわけないでしょう」
「そんなこと言ってたら、あれは探せないぞ」
「むこうはどうやらプロの殺し屋を雇ったようですよ」
 レオの言葉に護衛たちに緊張が走る。
 アランは疑念の目をレオに向ける。
「…情報源は?」
「遥さんです」
「遥?」
 出てきた名前にアランは驚く。
「どういうことだ?」
 レオは困った素振りを見せ
「私にも何がなんだか、不可思議なことで。ですが確信があると」
「遥はなんて?」
「弾痕・銃弾からは『義務』という感情しかなかったと。敵なら少なからず『殺意』は感じるはずとも言っていました」
 アランは眉を寄せる。
 意味が分からない。感じるとは何だ?
「…どういうことだ?」
 レオは肩を竦める。
「理由を聞いても答えてはくれませんでした。今はわからなくていいと」
「……」
 今は…ということは、いずれ近いうちに分かるのだろうか。
「彼女は不思議な子ですね」
 紅茶を淹れながらレオが言った。
 その様子をじっと見つめるアラン。
「俺を置いてった理由、お前が遥に会いたかったからだろう?」
 少し拗ねている様子のアランに笑いながら紅茶を置いた。
「だって気になるじゃないですか、滅多に人を気に入ることがないあなたが気に入った子、しかも女の子ときたら会わないわけにはいかないでしょう」
 ニコニコしながら嬉しいそうに言うレオに、アランは窓に顔を向ける。
「気に入ったとかそういうことじゃない」
 ただ…、気になるだけだと、ボソッと言った。
 レオは笑った。
 遥が連れ去られたという連絡が入ったのは、それから数時間後だった。



 暗い…。体を起こそうと動かしたとたん、腹部に鈍い痛みが走った。
「っ―」
 目が覚めたのはいいけど、ここはどこだろう。目隠しをされていて見えない。手足は縛られているようだ。
 起き上がるのは諦めて、何が起きたのかもう一度思い起こす。
 …家に帰ったら誰かがいた、この間の二人組みじゃなかった。男が一人。全身黒ずくめで、レイバンをかけていたから顔はあんまり分からなかったな。
 一瞬のことだった、玄関の扉を開けたらいきなり腹部を殴られてそのまま気を失ったんだ。殺気も気配も無かったから油断した。
 …プロか…。あの狙撃した奴かな。
 そのままじっと考えていると、何かが動く気配がした。遥は神経を集中させた。
 気配は遥の傍まで来ると止まった。遥が起きているか確認しているのだろうか、すると突然、制服の襟元を掴み遥の上体を起こした。
「―つっ」
 そのせいで腹部が痛んだ。
『…起きてたか』
 降ってきた言葉は英語だった、しかも独特ななまりがない。
 …イギリス人かな。
 この人に言っても仕方が無いよねきっと。でも、言わずにはいられない。
「ここはどこ? あなたは誰? 私に何の用? とりあえず目隠し取ってくれない?」
 日本語で聞いてみる。通じるかは別。
『何を言ってるのかわからないな』
 やっぱり。でも続ける。
「私を攫っても意味無いわよ。何も預かってないもの。校内を案内しただけだし、第一、アランが何しに日本へ来たのかなんて聞いてないし」
 ペラペラ喋る遥に、男は肩を竦める。
『おおかた、理由を聞いているんだろうが、俺は依頼されただけだからな。依頼主が来るまでそのままだ』
 ま、言っても分からないだろうけどな。と言って男は離れて行った。
「……」
 残念、あたしにはキングイングリッシュも分かるのよ。
 依頼、ということはあの狙撃もこの男か。
 でもどうしよう? このまま大人しく捕まってるのもなぁ…。目隠しも手と足の縄も取ろうと思えば取れるけど。明日も明後日もバイトだし。あぁでも、ピアスしてるからたいした力は出ないか。
 それにしても
「…お腹空いたな…」