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 遥のバイトはレストランでのウェイターである。ファミレスではなくドレスコードがあるような店、でもきっちり形にハマってないとこが遥は気に入っていた。土日を含めて週四日働いている。オーナーも良い人で、遥の事情を知ってから、バイトの日には三度のご飯を付けてくれる。時々余った食材なんかも分けてくれたりもするから家計的に大助かり。
 今日は意外と空いていた。大半が予約客だから混雑することは滅多にない。
「宮城さん、今予約のお客様二名を三番個室へご案内したから担当よろしくね」
「分かりました」
 案内係りの女性に言われ、お水を用意する。
「あ、カップルだから」
 分かりましたと笑顔で答えて、お水の入ったグラスをトレイに乗せ移動する。
 こういうお店に女性を連れてくるなんて、けっこう良い男だね、と思いながら個室の前まで行き、扉をノックし開ける。
「失礼致します」
 笑顔を浮かべて挨拶をした瞬間、一瞬笑顔のまま凍りついた遥。
 笑顔を崩さなかったのは今までの成果か。
「いらっしゃいませ」
 グラスを置いていく。
「先にお飲み物のご注文を承ります」
 この間も笑顔、というか微笑みは絶やさない。
 女性はこちらを見たが、男は振り向かない。ワインリストを見つめている。
 そしてリストを指し、
「このワインを…」
 そう言って遥のほうを見た男の動きが一瞬止まった。しかし、すぐにもとに戻る。
「なんだ、ここでバイトをしているのか」
「はい」
「このワインをボトルで」
「かしこまりました」
 ドリンクメニューを持ち、軽く頭を下げると遥は退出した。
「お知り合いかしら?」
 連れの女性が言う。
「ああ、少しな」
「可愛い子ね」
 ふふと女性は笑った。
「あら、どうしたの? 宮城さん。笑顔が引きつってるわよ?」
 個室から戻ってきた遥に別のウェイターが言った。
 ヒクヒクと、確かに引きつっている。
 手で直すと遥は苦笑を浮かべた。
「いえ、なんでもないです。三番個室、ディアデーマ入ります」
 個室の客は、…橘だった…。


 あれから二時間程して橘は帰って行った。しかも去り際に、また来ると言い残していったもんだから他のスタッフたちに質問攻めにあったのは言うまでもない。
 橘が帰るまで遥は胃がキリキリ痛む思いだった。
 ついこの間あんなことがあったばかりなのに、もう次の女性…、よくわからないわ。遥は溜息を吐いた。
「お疲れ様」
 ぽんっと肩を叩かれ振り返れば、オーナーが立っていた。
「オーナー、お疲れ様です」
「はい、今日余った食材」
 袋詰めされた野菜やら穀物やらを遥に渡す。
「いつもありがとうございますー、助かります!」
 ニコニコしながらその袋を受け取る。
 これで数日食費が浮く〜。
 ウキウキしながら店を出た遥は軽い足取りで家に向かった。
 夕飯はお店で食べたので、今日はもうお風呂入って寝るだけだなぁと思いながら門戸の前に立つと異変を感じた。
「……」
 誰かいる? 
 遥は感覚を研ぎ澄ませ家全体に集中した。門戸にも触れ中を探る。
 …一人…二人…。家の中には二人、どちらも家族や知人ではない。となると、
「空き巣か」
 さてどうしたものか。
 両手は塞がっているし、食材を地面に置くのも嫌だしなぁ、などと考えていると家の中の気配が動いた。
 遥は見つからないように陰に隠れて様子をみる。すると、なんと空き巣は堂々と玄関から出てきた。二人ともスーツを着ている。が、セールスマンには見えない、なぜなら、外国人だったから。
 …外国人の空き巣? 日本人ならセールスマンを装っての空き巣はよくあるけど、外国人は初めてだわ。うちは盗られて困るものはないけど、全部銀行に預けてあるから。様子を見てるとキラリと胸元で光った。
 …バッジ…。うーん、ここからじゃなんのバッジか分からないわね。空き巣が去ったのを確認すると、再び門戸の前まで行く。
「さて、被害状況を見てから警察に届けるか考えよう」
 ―いやこの時点で通報だろう普通とツッコミたくなるところだが、遥はちょっとズレている。とあることが原因してるのだが。
 家の中に入り、まずはリビング。
 引き出しという引き出しが空いている。が、物は散乱していない。
「…ふむ」
 和室はそう被害はなく、続いて二階。
 二階は両親の寝室と兄と自分の部屋がある。一応、両親と兄の大事なものは銀行に預けてあるけど、盗られてるのがあったらマズなぁ。などと思いながら二部屋を確認したが意外にも散乱してなかった。
「……う〜ん?」
 首を傾げながら自分の部屋に入ったとたん遥は絶句した。
「…なぜかなぁ…」
 目の前に広がっていた光景は、ありとあらゆる引き出し、押し入れ、あまつさえベッドまでがズレていた。
 これは、もしかしなくても…
「あたし狙い?」
 腕組みをして自分の部屋の入り口で佇む遥。
 狙われる理由…
 …一つだけあるか…。
「はぁ〜…」
 大仰に溜息を吐くと額に手を当てた。
「まずはリビングを片すか」
 そのまま踵を返して下に降りた。
 自分の部屋を片す気力がなかった。自分の部屋は土曜日にでもやるか、バイト終わったあとにでも。明日と明後日は和室で寝るか。
 一階の片付けが終わったのはそれから二時間後だった。
 そして、明かりが点いた部屋を外から見ている三人の人物がいた。そのうちの一人が残りの二人と家を交互に見て呟いた。
「…面白いことになっているな」
 男は携帯を取り出し、電話をかけた。
「俺だ、明日例の娘を家に招待する」
 それだけ言って電話を切った。

 
『例の娘の家には何もありませでした。』
「ちゃんと探したんだろうな?」
『はい。その後もう一度娘の家に行ってみたんですが、ポリスに通報した様子がありません』
「ほぉ? それはおかしな話だな」
 男は電話口でニヤリと口元を吊り上げる。
「では、娘に聞いてみるとしよう」
『了解』
 電話の相手は、男の言葉を理解したようだ。
 電話を切った男は不気味な笑みを浮かべた。
「あの小僧よりも先に、鍵は手に入れる」


 真夜中、部屋の片付けでぐったり寝入っていた遥は微かな気配で意識が浮上した。普段なら一度熟睡してしまえば起きない遥だが、微かな気配に殺気が混じっていたために本能が反応した。
 …二人…。まだ頭がハッキリしない中、侵入した気配を探る。そのまま息を殺していると、気配は迷うことなく二階へ向った。
 …さっきの空き巣か? 寝ぼけた頭に渇を入れつつ起きる。ピアスを外しパジャマのまま階段まで移動する。普通恐怖心が先立って動けないはずなのだが、遥にはまったく恐怖心は無かった。そのまま空き巣が降りてくるのを待った。
 二階に上がり遥の部屋に着いた空き巣と思われる二人は唸った。
「さっきのままじゃないかっ」
「どういうことだ!?」
 もちろん遥がいるわけもなく、部屋も荒らされたままだ。
「どこに行った?」
 そうして二人気配を消しながら他の部屋やトイレも確認していく。しかし、遥はいない。
 だんだん苛立ちが募っていく。
「チッ。どこ行きやがった」
「下にいるかもしれないぞ」
「気付かれてたらどうする」
「その時は死なない程度に甚振ればいい」
 などと物騒なことを言いながら階下へ行こうと階段を数段降りたとき、ギクリと止まる。
 階段を降りたところに、探していた娘がいたからだ。
 遥は二人をじっと見る。
 二人はやっぱりさっきの空き巣だった。スーツ外人。
『驚かしやがって、探す手間が省けたぜ』
『馬鹿な女だな、逃げればいいものを』
 イタリア語…、せめて英語にしてくれないかなぁ。しかも、喋り方からして下品だろうなぁ。
「どちらのお客さんか知らないけど、英語で話してくれない」
 と、遥は英語で言った。
 そんな遥にギョッとし、嫌な笑いを浮かべた二人。
「これは失礼。しかしあんたも馬鹿だな。逃げればいいものを」
「状況が分かってないんじゃねぇか」
 くつくつと嫌な笑いをする二人。
 そんな二人を見た遥は大仰に溜息を吐いた。
 嫌いな人種かもしれない…。まだあの護衛たちのほうがマシかも。
「なに溜息なんか吐いてんだ、お嬢ちゃん?」
 ―お嬢ちゃん。ますます嫌いかも。
「あのさ、あたしに何の用事かは知らないけど、あたし、アランからは何も預かってないわよ?」
 もう面倒くさくなってきたので本題をついた。
「嘘を吐くな。Jr.と一緒にいたのはわかってるんだぞ」
「一緒にって、学校内の案内を頼まれれば当然でしょ。ただそれだけであたしまで関係者と判断するのは軽すぎるんじゃない」
 語尾のほうは冷たい口調になり、目も鋭くなっていた。
 遥の急な変化に二人は一瞬ゾッとする。
「そんなことは調べればわかる」
 調べるねぇ…。
「悪いけど、これ以上家を荒らされるのは御免だわ。もちろんあたしに対してもね」
 ニッコリ笑う。
 痺れを切らした男が遥に掴みかかる。
「いいから付き合ってもらうっ」
 バキッ! バキッ!
 男が掴みかかろうとした瞬間、異様な音が二回続いた。男たちは一瞬止まったが、遥が後ろへ下がったのをみて瞬時に手が懐へ伸びた。そして、何かを引き抜き遥に突きつけた瞬間、男たちは驚愕した。
「なっ…」
 遥に突きつけたもの、男たちが思い描いていたはずのそれは、見事に真っ二つになっていた。
 くす。
 それに釘付けになっていた男たちは、笑った遥に驚愕の目を向けた。
「あら、それじゃあ使い物にならないですね、その銃」
 ニッコリと笑む遥。
 そう、男たちが懐から取り出したのは銃、のはずだった。だけどその銃は半分より前が無かったのだ。しかも撃鉄も無かった。
 カタカタと男たちの手は震える。
「な、なにをしたっ…」
「何も?」
 笑みを崩さずに、遥は携帯を見せた。
「警察を呼びましたがどうします?」
「―っ!」
「どけっ!」
 男たちはまだ震えながらも、慌てて逃げ出した。その姿を、遥はヒラヒラと手を振り見送った。
 玄関は開けっ放し…冷たい風が流れ込んでくる。
「…寒っ」
 ぶるっと震え、両腕を擦りながら、塩、塩と言いながらキッチンへ向った。
 玄関に塩を撒くためだ。
「あ〜あ…また床拭かないと…」
 くっきりと男たちの靴あとが残っていた。もちろん、警察を呼んだなんて嘘だ。っというか呼べない。こんな事態になってしまったから尚更呼べなかった。呼んだら最後、絶対兄が帰ってくる。それはもう凄い形相で帰ってくるに違いない。そして四六時中傍にいること必死。
「寝不足確定だな」