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ソファに座っているアランは不機嫌だった。不機嫌の理由は分かっている。自分に就いている護衛たちだ。昨日の一件からいつも以上に神経質になっている。この校内でさえ出歩くなと言う。理事長室で大人しくしていろというが、昨日狙撃があった場所にいさせるものか普通。挙句の果てに遥にも会うなとは。
そんな不機嫌な貴公子を、困り顔で見ている綾子。
窓ガラスは防弾仕様にしたけれど、一つだけ無くなっている物があった。それは銃弾。
きっと、あの子が持っていったのね。
お茶を入れ替えようとしたとき、扉がノックされた。
護衛たちはすぐさまアランを庇う姿勢を取った。
綾子は困った顔で、どうぞと言った。と同時に入ってきたのは
「まぁ、西村会長」
「失礼致します。理事長今よろしいですか?」
「ええ、かまいませんわ」
西村はチラリとアランのほうを見る。それに気付いたアラン、
「なんだ?」
「いえ、ただ、その方たちはまさか校内でそれを放とうというんですかね?」
西村は冷ややかな目で護衛たちを一瞥した。
護衛たちはみんな片手を懐に入れていたのだ。
「こちらとしては、銃刀法違反で警察に通報してもいいんですが」
「西村会長…」
「それは困る」
アランはイタリア語で、護衛たちに控えるように言った。
「それで西村会長、ご用件はなんですの?」
西村は目線を理事長へ戻し、微笑した。
「いえ、ちょっと理事長のご様子を伺いに来ただけです」
まぁ、と理事長はコロコロ笑う。
「わたくしは大丈夫ですわ」
「それはなにより。そちらの忠犬に咬まれぬように気をつけてくださいね」
「忠犬ですの?」
「ええ」
「…その忠犬とはこいつらのことか?」
やり取りを聞いていたアランが口を挟んだ。目には剣呑な光が宿っている。が、西村はまったく怯まない。むしろ挑戦的な表情をする。
「…わかっているなら、むやみに人に咬み付かないように躾でもしとくんですね」
何かを言わんとする意味合いの言葉を言うと、西村は出て行った。
理事長はただ苦笑するだけだった。
「……」
なんなんだアイツは。この俺に喧嘩売ってるのか? マフィア相手に喧嘩を売るほど馬鹿には見えないが。何が言いたいんだ?
アランは腕を組んで考え込む。
理事長は理事長で、西村の行動に苦笑するばかり。
きっと遥さんのことね。私の様子伺いと、遥さんに対しての苦情を言いに来たのね。なんだかんだ言いながら、西村会長も遥さんが気に入ってるんだから。
「綾子、彼はなんなんだ?」
考えても答えが出てこないので綾子に訊ねた。
「…きっと、昨日のことですわ」
「昨日?」
綾子は頷く。
「遥さんの解約のことだと思います」
「…遥は、昨日の狙撃のことを話したと?」
いいえと首を振る。
「彼女は何も話さないと思います。何かあったということは言ったかもしれませんけれど」
「それだけであそこまで言われるのか?」
「きっと、他の生徒から遥さんの話を聞いたのだと思います」
「どういうことだ?」
「…あなたも昨日彼女と行動を共にして分かったと思いますけど、彼女は他の生徒にとって特別なんです。あの風貌がそうさせているんでしょうけれど」
「それはわかるが…」
それとなんの関係があるんだ?
腑に落ちないアランの考えを読んだ綾子はハッキリと言った。
「昨日今日と、機嫌が悪いんですわ彼女」
「解約したからか?」
いいえと綾子は首を振る。そして、チラッと護衛たちを見た。
「昨日の失言ですわ」
綾子はニッコリ笑った。
授業も終わり、今日は早めに帰ろうと思っていたが裏庭で空を眺めていた。今も雨は降っている。なぜか今日の空が気なって仕方がない。
自然と制服のポケットに手を入れる。すると硬い何かかが触れた。それはハンカチに包まっている。
「……」
思わず持って来てしまったけど、これや弾痕からも何も感じなかった。…いや、ただの『義務』という感情しか伝わってこなかった。怨みとかそういった類のものはなかった。だから、犯人は依頼された人物なのかもしれない。
まぁ、今日で最後なんだから、アランとも会うことはないだろうし、これ以上気にしても仕方ない。
「これは理事長に戻したほうがいいか…」
そう思い、理事長室へ向おうと向きを変えたとき、向こうからアランが来るのが見えた。
護衛ももちろんいる。
遥は嘆息し、かといってこの道しか理事長室へは行けないので渋々歩き始めた。アランも遥に気付き、少し複雑な表情をした。
遥はニッコリ笑った。
「こんにちはアラン。もうすぐお別れですね」
「…ああ」
「昨日のこともありますから、くれぐれも気を付けて」
そう言って先へ進もうとした遥の腕をアランが掴んだ。
「…っ。アラン?」
「…すまない」
「え?」
いきなり謝りだしたアランに遥は目をパチクリさせた。アランに謝られることなんてあっただろうか。
アランは変わらず複雑な表情のまま
「君が…、怒ってると聞いて」
それでなぜアランが謝るんだろう?
「私が誰に怒ってると聞いたんです?」
「君が私に」
「はい? 私がアランに? 誰から?」
「西村と…綾子に」
―西村。もしかしてさっきの話で…、あのあと理事長室に行ったのね西村会長。しかも理事長まで何を言い出すのか…。
遥は溜息を吐いた。
そんな遥に、アランはさらに表情を曇らせる。本当だと思ったらしい。
いい?アランと、遥はアランの手を握った。
「たしかに、あたしは怒ってるわ。でもね、あなたに対してじゃないわ、だからあなたが謝る必要はないの」
「しかし、この者たちに怒っているのだろう?」
「そうよ。だけどそれであなたが謝る必要はないの。それに、…もうなんとも思ってないから」
最後は笑って見せた。相変わらず護衛たちは睨みを効かせているけど。
すると突然、ぐいっと引っ張られたかと思った瞬間、遥はアレンの腕の中にいた。
「…なっ」
いきなりのことで頭の中が真っ白になってしまったが、なんとか我に戻り、アレンを引き離そうとするがしっかりホールドされてしまって動かない。
「遥」
いきなりアランの低音が耳朶に触れた。
…っ! うぎゃーっ。それは反則ですっ!と心の中で叫ぶ。
「君は心が広いな」
「そ、そんなことはないですよっ。本当に怒ってないから放してくださいっ」
いくら周りに人がいないからといって、これはマズイから!
残念とアランは呟くと、遥を解放した。
顔が火照ってるのが分かる。こんな顔で出歩けない…。
「遥、この学校にいるのは今日が最後だけど、まだ日本にはいるから、どこかで会えると良いね」
ニッコリ笑ったアランに、手で顔を扇ぎながら遥も笑った。
「そうですね。くれぐれも気を付けて」
じゃ、と手を上げてアランは去っていった。
まったく、日本人はハグに慣れてないんだからね。おかげで調子が狂う。
顔の火照りが落ち着くまでここにいようと思った遥だが、無くなっている物に気がつくのは理事長室へ行ったあとで、そしてこの時、調子が狂ったおかげで、遥たちを遠くから見ていた視線には気付かなかった。