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アランは、いつの間にか遥がいなくなっていることに気がついた。
「綾子、遥は?」
綾子は苦笑を浮かべる。
「もう護衛の仕事はなくなったから帰ると言って」
「…まさか、イタリア語がわかるのか?」
いいえと綾子は首を振る。でもわかってしまうんですよとも言う。
「そうか…」
「……」
おかしい、なぜこんなことになってしまったんだろう…。
なぜか目の前にはアイツが座っている。そしてテーブルの上には私が作ったものじゃない料理が並んでいる。
目の前の男は平然と料理を食べている。
―今から三十分前、
とぼとぼと、徒歩で帰っていた。
「……」
なんだかドッと疲れたわ。最後のあれがなければそれなりに楽しかった一日だったのに…。おもいっきり指差してくれちゃって…。どうせ、あんな小娘とか言ってたんでしょうとも、心読まなくてもわかるってもんよ。
「はぁ〜…、夕飯何にしよう」
うちは両親が海外赴任中、兄がいるけどその兄も海外研修で今はいない。よって、一人暮らしを満喫中。夕飯は肉団子スープとチャーハンに決めて、スーパーに寄った。
鞄を右手に買い物袋を左手にという格好で、近道を歩いていた。もちろん、昨夜の道は避けて。すると、スーッと、車が横に並んだ。
「……」
横目でチラッと見ると、白塗りのベンツ、しかもスモーク入り。
……(汗) マジで…。
心臓がバクバクいうのを必死で抑え、少し歩を早めた。しかし、車に勝てるわけもなく。曲がり角まではまだ遠い…。
いっそのこと戻ろうかと考え始めたとき、ベンツが先を行った。ホッとしたのも束の間、ベンツは数メートル先で停まり、運転手が降りてきて、左後部席のドアを開けた。運転手の目線は、遥を捕らえていた。
そして今に至るわけだけど…。
「どうした、食べないのか?」
「…あの、ご用件は…」
こんな状況で食べれるわけない。
「毒など入っていないから安心しろ」
当たり前だ!と叫びそうになったのをグッと堪え、意を決して相手を見据えた。
「昨夜の失言については謝ります。でも突き飛ばしたことに関しては悪いとは思ってませんから」
「…たしかに、君のおかげで助かったとも言えるが、あれぐらいのことで俺がやられるとでも?」
「ヤクザを助けるほどお人好しではないですけど、私はあの女の人を助けたまでです」
ヤクザ、そう、目の前の男は橘だ。
ここは橘の屋敷。
橘は箸を置き、遥を見た。冷たい目をした男だと遥は思った。その目には感情はなかった。
「あなたが何を考えて私を連れてきたのか知りませんが、こういう待遇を受ける理由はありません」
キッパリハッキリと言った。
橘は黙ったまま遥を見ている。まるで物珍しそうなものでも見ているかのように。といっても表情には出していないが。
「……」
蛇に睨まれた蛙ほどではないが、遥は内心では汗ダラダラだった。
なんなのよ、何見てんのよ。何か喋ったらどうなの。
声なき声で言いつつ、遥も目を逸らせずにいた。そうすること一分、遥は腰を上げた。
「…御用が無いようですので、私は失礼します」
「…気に入った」
「え?」
部屋を出て行こうとしたとき、橘が口を開いた。
「君を気に入ったからだと言ったらどうする?」
感情が分からぬ表情で言う男に、遥は溜息をついた。
「冗談はやめてください。…あなたの目には私は映っていません」
失礼しますと言って遥は出て行った。
遥と入れ替わりに榊が来た。
「…お荷物はいかがされますか?」
「食材へ回せ」
かしこまりましたと榊は下がった。
「……」
―あなたの目には私は映っていません。
「ふっ…、面白い」
不敵な笑みを浮かべ、くいっと酒を飲み干した。
屋敷から出てきた遥は頭を抱えた。
「ああ〜買い物袋忘れた〜〜〜っ」
一食分の食事代が無駄になった…。貴重な食費が…。
「…今夜はインスタントか…」
がっくりと肩を落として遥は家路に着いた。
翌日は雨。
遥は机に突っ伏して時々空を見ていた。そんな様子の遥に周りの生徒たちは、何かあったんじゃないかとか、具合でも悪いのかと困惑していた。でも、声をかける勇気はなかなかなかった。
そんな時、教室がざわめいた。
…みんなの感情から伝わるのは歓喜、ということは生徒会の誰かかなぁと空を見ながら思っていた遥。
「宮城」
薔薇の香りと共に降ってきた声。遥はやっぱりと思いながら、のろのろと上体を起こした。
「…西村会長、どうしました?」
「例の件、終わったというのは本当か?」
「あぁはい、強制終了みたいなものですけど」
「アイツと何かあったのか?」
「アランとは何もありませんよ、ただ少し、私のいない間に問題が起きただけです」
「…それで元気がないのか?」
遥はそこで苦笑した。
「まさか、違いますよ」
「廊下を歩いていたら、そこら中で君の様子がおかしいとみんなが言っていた」
…ああそれで、
「もしかしてそれで様子を見に来てくれたんですか?」
西村はただ肩を竦めるだけだった。
「君が元気がないと他の生徒にまで影響が出る」
「生徒会ほどではないと思いますけど?」
くすくすと笑う。
「遥っ!」
突然名を呼ばれ、声がしたほうを見ると、アランが窓からこちらを見ていた。もちろん護衛も後ろにいた。
「ずいぶんとゴツイ護衛だな」
「はは、実はあまり好きじゃない」
と、アランに手を振りながら正直に呟いた。
「原因はアイツらか」
「彼らにしたら当然のことなんですよ。でもだからといっていちいち反応しませんよ」
「でも少しはイラっとしただろう?」
「まぁ、少しは」
互いに笑いあう。
そんな二人の様子をアランはじっと見ていた。少し複雑な気分なのはなぜなのか、今は気にもとめなかった。そのままアランはその場を去った。生徒たちは良いもの見たぁという感じで目を輝かせていた。
「…で、大丈夫なのか?」
「まだ…なんとも言えませんね。校内で人のいるところにいれば問題ないでしょうし」
遥のこの言葉に西村はなんとなく理解した。人のいるところにいれば問題ない、ということは昨日起きたであろう問題は、人がいなくて尚且つ宮城がいないときに起きた。宮城が唯一、離れる場所は…理事長室か。
答えに行き着いた西村は、あとで理事長に聞くことを決めた。
「…なるほど、答えは理事長室か」
なんともなしに呟いた西村に、遥は苦笑した。
あの言葉で理事長まで辿り着くなんて。
遥はまた空を見た。
…嫌な空だ…。