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 閑静な住宅街にある一画、かなり広い屋敷がある。門構えも立派で、表札には『橘』そして『白神組総本部』とも書いてある。
「二代目、先日の娘の所在がわかりました」
 広い畳の間で書類を見ていた男に、頭を下げながら一人の男が言った。
 二代目と呼ばれる男は書類から目を離さず報告の続きを待つ。
「宮城遥、十七歳。隣町にある城南高校の生徒のようです。自宅はここよりそう遠くありません」
 淡々と告げる男。遥の名前が出てきたことから、どうやら昨夜の運転手のようである。名は榊。ということは、昨夜、遥を探せという命令をしたあの男は、紛れもない、今ここにいて二代目と呼ばれた人物だ。
 名は、橘隆也。この辺一帯を治めている暴力団組織の二代目総長。若干二十七歳という若さで継いでいる。
「他は?」
 榊には一切目もくれずに他の報告がないか問う。
「イタリアマフィアの息子が来日しているようです。宿泊先は定かではありません」
「…騒がしくなるな。―わかった、さがれ」
 榊は頭を下げると部屋を出て行った。
 ――宮城遥、か…。
 書類から目を放して不敵な笑みを浮かべた。



「遥、先ほどから思ってたんだけど」
 校内を案内しながら、ちょうどお昼になったので学食で昼食を取る。
 ここのお勧めはカレーとパスタだったりする。アランにカレーを勧めてみたけどやはり駄目だった。
 今日のカレーはトマト系でとても美味しい、などと思っていると、アランが不思議な顔で聞いてきた。
「なんですか?」
「みんなこちらを見ているんだけど、何か変かな?」
 ああ。
 遥はクスリと笑った。
「アランがカッコイイからみんな注目してるんですよ」
「遥も可愛いですよ」
 にっこり笑ったアランの顔は破壊力満天だった。
 気を失う女子続出で、ここへ来るまでも何人の子が倒れたことか。
 この人の隣に立つ女性が見てみたいわと何度思ったことか。
 アランはアランで、遥を見ている人も多いことも気付いていた。本人は気にしてないようだが。
 まぁ無理もないかなとアランは微笑む。
 遥の寝癖は直っていた。西村にも指摘されたことが本人的に嫌だったようで、あの後スタイリング剤を持ってトイレにダッシュしたのだった。もちろんアランが戻ってきてから。
「アランはどうして日本へ来たの? 観光が目的じゃないでしょう?」
 食べ終わった食器を隅へやり、お茶を飲む。
「観光だよ」
 アランは微笑を絶やさない。けれど遥は気付いていた、常に笑顔は絶やさないけど目の奥で警戒していることを。
「…さっき、あなたが外にいるとき、殺気が走ったわ。一瞬だったけど」
 ここは学食で大勢の人がいるから核心は突かないけれど、遠まわしに聞いていく。
「驚いた、君はそんなことまでわかるのかい? 全然気付かなかったよ」
 さも驚いたかのような仕草でアランは言う。
 まいったなとまで言う。
 ……。まぁいいか、いずれわかるでしょ。遥は心の中で嘆息した。
「こんなに可愛いのに護衛まで出来るなんて、心強いな」
 頬杖をつきながら真っ直ぐ遥を見て極上の笑みを浮かべた。
「―っ。そ、そんなに期待しないでくださいね」
 作り笑顔だとわかっていてもドギマギしてしまうのが悔しい…。
 あ、そういえば、
「そういえば、アランはどこに宿泊しているんですか?」
「ああ、そういえば言っていなかったね。でもこれは秘密なんだ」
 まるでいたずらっ子のように、唇に人差し指を当ててウィンクした。
 遥も負けじとニッコリ笑った。
「それじゃあ、私の役目は校門までということですね」
「そういうことかな。君とずっと一緒にいたいけど、護衛たちが許さないだろうから」
 今の現状も納得してないからね、と肩をすくめた。
 さらりと恥ずかしい言葉を織り込むあたり、さすがイタリア、と心の中で苦笑する。
 それにしても、敵はどう動く? 校内にいる間は襲ってこないのだろうか? だったら私が護衛をする意味がない。理事長も西村会長も何か考えてのことだろうと思っている。
 アランは何も話してくれないし、無理もないけど。理事長は知っているんだろうか、観光だけならこんな学校なんかに二日間もいない、理事長と何かあるのか? あの人の人脈にはいつも驚かされる。まさかマフィアまで知り合いがいようとは。きっと、理事長も答えてはくれないだろうなぁ。
 明確になってない護りほど疲れるものはない。


 一通り案内が終わり、理事長室へ。
「お帰りなさい。校内はどうでしたか?」
 どうぞ、と席へ促す。
 アランは腰かけ、遥は立ったまま。
「ええ、とても興味深いものばかりでしたよ。イタリアとはまた違った感じで」
「それはよかったですわ。遥さん、申し訳ないのだけど少し席を外してくださるかしら?」
 コロコロと笑った後、遥に向って微笑んだ。
 はい、と頭を下げて部屋を出て行こうとすると、
「遥、今日はありがとう、また後で」
 アランが微笑んだ。
 遥も小さく笑って理事長室を後にした。
 閉まった扉から視線を戻すと、アランの顔から笑みが消えていた。
「彼女は鋭いとこがありますね」
「…お気に召したかしら?」
 くすくすと笑う。
「容姿は気に入りましたよ」
 まぁ、と理事長は笑う。あの子が聞いたら怒るわね。
「ところで例の件ですが」
 アランが話の本題に入ると理事長からも笑顔が消えた。



 理事長室から出た遥は二階踊り場で時間を潰していた。
 腕時計を見ると午後三時を過ぎていた。
 あと少しで授業も終わる。
 今回のような、理事長からの頼み事のときは授業は免除されている。とはいえ、その分のつけはまわってくる。テストという形で。
 今頃は本題の話になっているんだろう。まぁ、私には関係ないことだけど。とりあえず、アランが狙われていることには間違いなさそうだ。あの時走った殺気。一瞬だったから方向は特定できなかった。
 マフィアの息子なんだから狙われるのは当たり前か。と前髪を掻き揚げる。それに、大勢の人がいるところで銃を撃たないあたり、少しはまともな殺し屋か? まぁ、殺し屋にまとももなにもないんだけど。
「…さて、どれくらいで終わるのかなぁ」
 ふわぁ〜と欠伸をしたときだった。
 ―パリーンと遠くから音がした。
 音の方向からして理事長室だった。遥はすぐに向った。

 理事長とアランが互いに紅茶を口にしたとき、理事長のカップがいきなり割れた。
「―っ!」
「綾子っ! 大丈夫ですかっ」
 綾子、それは理事長の名だった。
 アランは理事長から残った取って部分を取り、怪我をしていないか確認する。
「だ、大丈夫ですわ」
 その時、突然扉が開いたのでアランは思わず腰に手を当てて構えた。しかし、入ってきた人物を確認すると、腰から手を放した。
「―遥」
 そう、遥だった。
 遥はすばやく扉を閉めると、理事長の手元を確認し窓側に寄った。
 窓には、見事な円形の穴が開いていた。
 理事長の手元とこの穴の延長線上を目で追いつつ、穴に手を触れる。
「…理事長、警察へ届けますか?」
「いいえ。今はまだ出来ません」
 遥の問いに、理事長は首を横に振った。
 …予想通りの返答か。
 遥は目線を外から外し、理事長の隣へ移動する。そして、アランから理事長の手を取り確認をする。
「大丈夫よ、怪我はしていないわ」
 そう言いながらも理事長の手は少し震えていた。
「…理事長、せめて防弾ガラスにしてくださいね。それとアラン、護衛の方が来ますよ」
 遥の言葉に疑問符が浮かんだアランだったが次の瞬間目を見開いた。
 バタンッと勢いよく扉が開くと、護衛たちが入ってきたからだ。
 アラン様っ、大丈夫ですかっ、とイタリア語が飛び交う。護衛たちがここまで来た経緯が容易に想像できて、遥は心の中で嘆息した。
 幸いなのは、まだ授業が終わっていなかったということ。
 この一件で、私の明日の護衛はナシになるだろう。
 案の定、護衛の一人が私を指差して何か言っている。心の中を読むまでもないな。
「…理事長、私はこれで帰ります。護衛の必要もなくなったようですから」
 小声で理事長に言うと、遥は理事長室を後にした。
 引き止めようとしたが、この場を治めねばいけなかったので、理事長は出しかけた言葉を飲み込んだ。
 そして、遥の思ったとおり、護衛達は断固として遥を認めず、校内の護衛も自分たちがやると言い張った。
 やれやれと思いながら下駄箱へ行くと頭上から声が降ってきた。
「あれ、相方はどうした?」
「…任務完了。以上」
 ヒラヒラと手を振ると、声の主には振り向かず遥は出て行った。
 声の主は手すりに肘を着くと、あ〜あと呟いた。
「誰だよアイツの機嫌損ねたの」