-18-

 目が覚めたらまた見知らぬ部屋だった。
「……」
 どこだろ。麗子さんの部屋とは違うし。
 なにしろ洋室でベッドだし…。
 起き上がろうとして気付いた。
 ……浴衣。
 なぜ…制服だったよね…?
「…全然記憶にない」
 たしか奴らに捕まって、アランたちが来て…力の制御が危うくなって…、橘さんに送って…
「あぁ…思い出した」
 そう、あまりにも橘さんが暖かくて、心音を聞いてたら安心して眠ってしまったんだ。
 とするとここはやはり
「橘家か」
 誰が着替えさせたのかなんて、聞くのはよそう。恥ずかしくて逃げ出したくなる。
 女の人見たことないし。
 はぁ〜、と溜息を吐き顔に手を当てて俯いた。
「起きたか」
 そこへ橘が入ってきた。
「…すいません、ご迷惑をおかけして」
「気にするな。具合はどうだ?」
 そう言いながらベッドの脇にある椅子に腰掛けた。
「…平気みたいです…」
 本当に不思議なことに、体は軽かった。
 さっきまでの苦しさはまったくなくて、落ち着いていた。
 遥はじっと手を見つめた。
 そして橘を見た。
「あの、ちょっと触ってもいいですか…」
 ちょっと困ったように聞く遥に、橘は笑い、手を出した。
「ああ」
 差し出された指先に、そっと触れてみる。
 そしてホッとした。
 良かった、力が治まってる。
「ありがとうございます。…どうやら落ち着いたみたいです」
「そうか」
 でも、どうしてだろ。いつもは最低でも二日かかるのに…。
 こんな数時間で落ち着くなんて。
 安堵を浮かべたあとに、考え込んだ遥。
「…どうした?」
「いえ、ちょっと…」
「何か気になることでもあるのか?」
「気になるというか…不思議というか」
「不思議?」
「はい。力の暴走が治まるまでいつもは最低でも二日はかかってたんです。それなのに」
「…早く治まるにこしたことはないんじゃないか?」
「そうなんですけどね…」
 ほんとなんでだろう―。
「考えるな、そのうち分かるだろ。それより、夕飯はどうする」
「え」
 時計を見ると午後六時を過ぎていた。
 あ!まずいっ!バイトっ!
 バッとベッドから降りる。
「あの、バイトがあるんでっ」
 急いで制服に手を伸ばす。
 その時腕をつかまれ、ぐいっと引っ張られた。
 バサリと制服が落ちた。
「――っ! …橘さん?」
 振り向けば目の前に橘がいる。
 つかまれた腕が熱い。
「首の傷はまだ治ってないんだぞ」
「スカーフかなんかで巻けば大丈夫です。それに、一昨日も休んでるから行かないと」
「…わかった。なら送っていく。着替えたら門まで来い」
 腕を放すと橘は出ていった。
「…やっぱりよくわからないな…」
 ポツリ呟き、つかまれたところにそっと触れた。


 結局昨日も橘家へ泊まった。というか無理矢理泊まらされたんだけど…。
 なんか橘さんが変なんだよね、うちにいろとか言い出すし。
 思ってたより優しい人だということは分かったけど。まぁ、仕事や組の人に対しては変わってないけど。
 初めて会ったときより目が優しくなったし、ちゃんとあたしを見てくれてる…。
「…て、何考えてるんだ自分」
 恥ずかしすぎるっ。
 思わず手で顔を覆った。
 するとそこへ威がやってきた。
「なにやってんだ?」
「…なんでもない。どうしたの?」
「? あぁ、理事長が呼んでる」
 どうやらアランが来たようだ。
 理事長室へ向かってる途中、威がすまなさそうな顔をした。
「どうしたの?」
「お前に言おう言おうと思ってたんだけど、…悪りぃ、親父が話しちまったみたいなんだ」
「何を? あ、そうだ、おじさんにお礼言っといてくれる?」
「今回のこと、…お前の兄さんに」
 ピタッと遥の足が止まった。
 顔が引きつっている。 
「…うそぉ…」
「ほんとゴメンっ! 親父に口止めするの忘れてた」
 威は顔の前で手を合わせて謝った。
 ハハハ…。
「てことは、今日中に帰ってく……ああ!?」
 そして何かを思い出したかのように叫んだ。
「どうした?」
「まずい。部屋片づけてない…」
「部屋?」
「そう、実は先週家が荒らされて、まだ自分の部屋そのまんまだった」
 結局なんだかんだと家に帰ってなかったし。
「マジかよ…。どうすんだよ、早くて三時過ぎには日本へ到着だぜ?」
 参ったぁ〜と遥は額に手を当てた。
 兄のことだから第一便で帰ってくるに違いない。
 ガックリ肩を落としながら理事長室へ向かった。


「まぁ、それは大変ね」
 ふふふ、と理事長は笑った。
 兄のことを話したからだ。
「笑い事じゃないですよ理事長。帰るのが憂鬱です」
「そんなに兄さんが怖いのか?」
 げっそりとしている遥に、アランが聞いた。
「怖くはないけど…」
「過保護なんですのよ」
「過保護? それでなぜ憂鬱なんだ?」
「…過保護過ぎるんです」
 ありえないくらい…。
「今回の研修も最初は行かないと言っていましたものね。遥さんを一人に出来ないって」
 ふふふ、と理事長は笑う。
 面白がっている…。
「遥さんはとてもお兄さんに愛されているのですね」
 レオが話しに入ってきた。
「まさか遥…」
 アランが困惑気味に言った。
 その顔を見てよからぬ想像をしていることは、心を読まなくてもわかった。
「違うアラン。変なこと考えないでっ」
 キッとアランを睨んだ。
 う、とアランは唸った。
「お兄さまもとてもハンサムなんですのよ」