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一気に怒りが爆発したディアンは、ガラスの破片に囲まれているのも忘れて怒鳴った。
「少し前から考えていたが、まだ警察に捕まるわけにはいかないからな。負けるとわかった戦に協力してもなんの得にもならない」
「ジュニアに付くというのかっ!」
「いいや。まぁ、付く付かないという話でいうなら、このお嬢さんに付いたってことだな」
この言葉に橘と遥以外の人間が目を見開いた。
さっきリハルトと二人でいたときに話していたのだ。
『殺し屋さん、あなたの主人は負けるわよ。これ以上荷担してもあなたにはなんの利益もないわ、檻には入りたくないでしょう?』
遥は心の中で笑った。
「…もうすぐ警察が来ますよ」
「それじゃ、俺は撤退しよう。…またどこかで会えるといいな、お嬢さん」
口元に笑みを浮かべて言うと、リハルトは出て行った。
その行動に、ディアンは信じられないという顔だ。
もちろん、アランたちも同じだった。
遠くからサイレンの音がした。
遥はディアンに向き直り、半ば放心状態の男を見た。
「そうだ、レオさん、その男も気絶させちゃってください」
「え」
いきなり声を掛けられビックリするレオ。
「もうすぐ警察が来ます。ここへ到着する前に逃げましょう」
ニッコリ笑う遥。
「…そうですね」
レオもニッコリ笑って、人質の首筋へ銃のグリップを打ち込んだ。人質はウッとうめき声をあげてその場へ崩れた。
ディアンはとりあえずその辺にあるものでグルグル巻きにして、周りに、ガラスの破片を散りばめた。もちろん、刃を上にして。
その様子を見ていたアランは、遥を怒らせるのはやめようと密かに思った。
「……」
そんなアランに遥は笑った。
が、その後一瞬眉を寄せたのを橘は見ていた。
「さ、急いで出ましょう」
四人がエレベーターに乗り込んだあと、すれ違うように警察が乗り込んで来た。
「アラン、レオさん、説明は後日学校で話します。理事長室へ来たら呼んでください」
ニッコリ笑った。
「…わかった。それより傷の手当てをしなければ」
そう言ってアランは遥の首へ手を伸ばした。
「―っ!」
だが遥は寸でのところで身を後ろへ引いて、アランの手を避けた。
「遥?」
「…大丈夫、たいしたことないから。ありがとう」
「……」
まだなにか言いたげなアランだったが、エレベーターが一階に到着した。
遥が先に出て、入り口へ向かった。
アランとレオは顔を見合わせた。
橘は黙ったまま。
ホテルから出ると麗子さんと榊さんがいた。
「遥さんっ」
麗子は遥を見つけると、かけよって抱きしめた。
「―っ!」
予想してなかった麗子の行動に遥は避けることが出来なかった。
―まずい。
麗子さんの心が流れ込んでくるっ。
「れ、麗子さん…っ」
ピシッ。
少し離れたところにある看板にヒビが入る音がした。
これ以上触れられたら制御が…。
すると突然目の前が明るくなった。
「ちょっ、何するのよ」
目を開けると、橘さんが麗子さんを引き離していた。
「……」
「そいつを窒息させる気か」
「…あらやだ、遥さん大丈夫? つい嬉しくて、ごめんなさい」
少し顔が高揚し、汗をかいている遥を見て微苦笑した。
「…いえ。ご心配おかけしました」
この間、レオは車をまわして来ていた。
遥はアランに向き直った。
「すべての用事は理事長室で終わるわ。だから必ず来てね」
「すべて?」
遥はただ頷いた。
「―わかった、必ず行く」
アランとレオは帰って行った。
「それじゃ私は買い物があるから失礼するわね。隆也、ちゃんと遥さんを送っていってね」
それじゃあねと、遥に笑顔を向けて去って行った。
残されたのは遥と橘と榊の三人。
「あの、」
「なんだ、さっさと車に乗れ。サツが戻ってくる」
言いながらドアを開けた。
「私は電車で帰りますから」
「…その首で電車に乗るのか?」
「…ぁ」
そう言われてそっと首に手をやる。
「わかったらさっさと乗れ」
「……」
迷っている時間はなかった、警察がディアンたちを連れて戻ってくる気配があったから。
遥は深く深呼吸をすると車に乗った。
車に乗ってからも、ドアにピッタリと寄っていた。
そんな遥をじっと見つめる橘。
「なぜそんなに端に寄っている」
「…気にしないでください…なんでもないので」
その間も遥の汗は止まらないでいた。
「そんなに汗をかいていてなんでもなくはないだろ。…暑いのか?」
「いいえ」
これは脂汗だ。
しばらく制御ピアスを付けていなかったのと、力を一気に使ったせいで制御が利かなくなってきていた。念動力を抑えるので精一杯で、リーディングのほうまで気が回らないでいた。
だからアランが触れようとしたときも避けたのだ。
すると、目の端に何か動くものが見えた、目線を向けるとすぐ近くに橘の手があった。
「―っ!」
とっさに、そしてハッキリと遥は避けた。
その瞬間、橘の気配が冷たくなったのを感じた。
「―ぁ。…ごめんなさい…」
「…そんなに嫌いか?」
―え?
橘は手を戻し、遥を見つめた。
橘の心が流れ込んでくる。
(まぁ、嫌われていたのは始めからか。少しは好かれていると思ったんだがな)
「ぁ、あのっ」
遥はとっさに耳を塞いだ。これで聞こえなくなるわけではないが、反射的にそうしたくなるのだ。
ギュッと目を瞑り遥は言った。
「別に触れられるのが嫌だとか、嫌いだとか、そういうことではなくて。ただ…」
「…ただ?」
突然耳を塞いで、何かを必死に抑えている遥を怪訝そうに見つめた。
「……制御が、利かなくなってきてるんです。だから、…人に触れるわけにはいかないんです…」
「…制御?」
「はい…」
私は自分の持っている力のことを話して、今現在のことを言った。
話を聞いた橘さんはさすがに驚いていた。
しばらく沈黙していたが、内ポケットからハンカチを差し出した。
「汗で傷口が染みるだろ。拭け」
「……ありがとうございま―わっ」
おずおずと手を出すと、いきなり手をつかまれ引っ張られた。
遥は橘に抱きしめられていた。
「た、橘さんっ!?」
ビシッと何かにヒビが入る音がした。
わ、まずい。
「橘さん! 私の話聞いてましたっ!?」
放れようともがくが、がっちりホールドされていて解けなかった。
「…俺は平気だ」
「え?」
「だから気にするな」
「……」
心を読まれて平気な人なんていないのに。
この人はやっぱりよくわからない。
それでもこの人の心は『大丈夫だ』と言っている。
遥は橘のスーツの裾をつかんだ。
「…バカですね…」
「そうだな」
遥の言葉に怒るでもなく、橘は笑って言った。
トクン・トクン…
規則正しい心音が聞こえる。
温もりと、心地よい心音に、瞼が自然と落ちる。
抵抗していた遥の力が抜けたことに気づいた橘は、そっと、遥の顔を見る。
尋常じゃないほどの汗だった。
優しく髪を掻き上げる。
眠っている遥を見つめる目はいつもより優しかった。
「…屋敷へ行け」
「了解しました」