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 ピンポーン。
 数回鳴らしても応答が無い。
「…まだ帰宅してないようですね。どうします?」
「もう少し待つ。遥と話がしたい」
「そうですね、お怪我の具合も気になりますし」
 どうやら遥の家の前にいるのはアランとレオのようだ。
 二人は車の中で待つことにした。しばらくすると、遥の家の門の前に一台の車が停まった。
「…誰だ?」
 後部座席から降りてきたのは黒いスーツの男。その男は、アラン達同様チャイムを鳴らす。そして次の行動に出た瞬間、アランたちは車から飛び出していた。
「おいっ!」
「……」
 呼び止められた男は鋭い視線をアラン達に向け、運転手は車から降りてアラン達の前に立つ。
「―っ」
 只者じゃないと判断したレオはアランの前に出る。
「レオ」
 男は、アランの呼び止めを無視して門の中へ入った。
「おいあんたっ。不在なのわかってるだろ。遥に何の用だっ」
「……」
 アランの発した言葉に男の気がさらに冷たくなった。
 外国人、咄嗟に庇う男、宮城を名で呼ぶ。
「…なるほど」
 そこまで考えて男は呟き、アランの方へ向いた。
「なんだ」
 アランは睨む。
「お前達がイタリアから来た客か」
 その言葉にアランとレオは身構えた。
「…どちら様でしょう」
 どうみても日本人だが、奴らに依頼されてないとも限らない。

「……っ」
 遥は固まっていた。前方に広がる光景を見て。
 な、なんでアラン達がいるの、しかもあれって榊さんよね…ってことは…あの人もいるわけで…、たぶん門の中に…。
 っていうかなにあの一触即発状態はっ!
 遥は頭を抱えた。
「―もう〜」
 怒鳴りたいのを我慢して、歩き出した。

 レオの問いに、橘は答えない。そのかわり、
「まずは自分から名乗るのが礼儀じゃないのか? それとも、礼儀も知らない野蛮な連中か」
 などと相手を煽るような事を言う。
「なにっ! その辺の連中と一緒にするなっ!」
 そしてそれに引っかかるアラン。
「アラン」
 レオが抑える。
 普段、アランが同業者に対して感情を出すことは滅多にない。むしろ冷静だ。見下しているのが本当だ。周りにはゲスな連中ばかりだったからな、今回の連中といい。
 しかし、この目の前にいる男は違ったのだ、アランはゲスな連中と一緒にされるのをいたく嫌う。まるでそれを知っていたかのように。
 橘は鼻で笑った。
 榊は榊で、やっぱり機嫌が悪いと内心で思っていた。
「ちょっとっ、何やってるんです!」
 一触即発な雰囲気を破ったのは遥の声だった。
 門前にいる三人は、ハッとして声の方向を見た。
 橘はそのまま動かず。
「…遥」
 遥はアランの呼び声には答えず、三人の前まで行く。
「…まさか二人とも、抜こうなんて思ってないですよね」
 アランとレオを睨み言った。
 遥の言葉にまたもハッとする二人。
 遥は知っていた、以前理事長室の狙撃事件のとき、遥が入っていった瞬間のアランの動きを。
 二人は構えを解いた。
「まったく、何してるんです人の家の前で」
「…すまない…」
 アランが謝る。そんなアランに驚くレオ。
 よっぽど遥かさんに睨まれたのが堪えたんですかね、と微苦笑する。
「…ここじゃ人目につくから、皆さん上がってください」


 四人をリビングに通しとりあえずお茶を出した。
 その間も両者の空気は最悪。
 やれやれ、と遥かは肩を落とす。
 四人をソファに座らせているので遥かは絨毯の上に座った。それを見たレオが腰を浮かせた。
「遥さん、こちらへ座ってください」
「大丈夫です。皆さん一応お客さんですし、私の家ですから」
 ニッコリ笑って言った。
 レオは渋々ながらも腰を下ろした。
「それで、どうしてここへ来たんです? 護衛も付けずに」
「申し訳ありません、遥さんのお怪我の具合が気になりまして…。綾子さんにご住所をお聞きしました」
「心配してくださるのは嬉しいです。でも、それでアランに何かあったらどうするんです。…アラン、聞いてます?」
 さっきから黙ったまま橘を睨み続けている。当の橘はソファにもたれかかり腕を組んで目を瞑っている。
 まったく…、遥はアランの方へ移動した。その間もアランの目線は外れない。
 そんなアランに少しイラっとする。
「アラン」
 少し剣を帯びて呼ぶ。
 それに気付いたのか、アランが振り向く。
 真っ直ぐ見つめられアランはドキリとする。
「本当は来週聞こうと思っていたんですけど、聞いてもいい?」
「何を?」
「日本へ来た理由。狙われる理由」
「遥…それは…」
 アランはレオと視線を交わす。
「…そいつには聞く権利があると思うが?」
 突然、橘が入ってきた。
「お前には関係ない」
「ほぉ…。うちのシマを荒らしておいてよく言えるな」
「うちのシマ?…」
「……」
 橘はその問いには答える気はないらしく、コーヒーを口に運ぶ。
「あなたはこの辺を治めている方なのですね?」
 レオが丁寧に聞く。
「…一応な」
 一応って…この人は…。榊さんは榊さんで影に徹しているし、なんでこんなに機嫌が悪いのか。って、原因はあたしにもあるか。
「この人は橘さん、この関東を治めているトップです。で、こちらはアランとレオさん、知ってのとおりイタリアからのお客様」
 橘の視線が痛かったが、このままだと名乗らないだろうと判断して紹介した。
「そうでしたか、それは失礼をいたしました。シマを荒らしていることは謝ります。ですが私どもの問題ゆえ、これ以上はお話しすることは出来ません」
 少し笑みながらレオはキッパリと拒絶した。
「私にもですか?」
「…申し訳ありません。遥さんには怖い思いをさせてしまいました。これ以上危険な目にあわないように手は打ちます、ですから」
「……」
 それほどまでに秘密にしておきたい物とはなんだろう。
 ピアスをしていない今、心を読むことは簡単だけど…やめておこう。

 アランたちが帰った後、気まずい雰囲気が漂っていた。
 橘は残って、それから何も言わないのだ。
「……」
 アランたちのカップを片付け、新しいコーヒーを淹れている。
 なんで榊さん車に戻っちゃうんだろう…。気まずい…。
 あの後、自分を追いかけてきたのは明白だ。車のほうが早かったけど。
 …巻き込むわけにはいかないから…力を見せたのに…。
 大概の人はそのまま離れていく。理事長たちは例外だけど。
 レオさんは手を打つと言っていたけど、無理だろうな。きっと向こうは良い獲物を見つけたと思っているに違いない。
 …この力を…。
 遥の表情に影が落ちる。
 コーヒーが落ち切っても動かない遥を橘は見つめている。
「どうした?」
 橘の声にハッとする。
「い、いえ。それよりも、どうして来たんですか?」
 コーヒーをカップに淹れテーブルへ持っていく。
「もう大丈夫だって言いましたよね」
「…たしかに、その力があれば太刀打ちできるだろう。だが、お前は平気なのか?」
「…橘さんは平気なんですか? この力を見ても」
 言いながらその辺にあるペンを浮かす。
「今は平気だ。それに、お前はお前だろう」
「―っ」
 カタンと、ペンが落ちる。
 遥はゆっくりと下を向いた。破顔してしまいそうだったから。
「あなたで四人目ですよ、そんなこと言うの。…おかしな人ですね」
 俯きながら言った。
「俺はお前自身を気に入っている。力は付属に過ぎない」
「…付属…」
 どうしてこの人は、欲しい言葉を言ってくれるんだろ。
 …まずい、嬉しくて泣きそう。
 ますます顔を上げられなくなった遥。
「なぜ下を向く?」
「いえ、他意はないんですけど」
 嬉しくて泣きそうだからなんて言えない…。
「…何か、傷つけるようなことを言ったか?」
「―っ。いえ、それはっ!」
「…っ!」
 反射的に顔を上げてしまってから後悔した。
 顔を上げた瞬間、光るものが飛んだのだ。
 すぐにトレイで顔を隠す。
「……」
 しまった…。
 恥ずかしさのあまりそのままでいると、動く気配がした。
 …呆れられたかな…。
 てっきり帰るものと思っていた気配は、すぐ傍にきた。
 そして…。
「…っ!」
 トレイを持つ手を掴んだのだ。
「なぜ隠す」
「な、なぜって、」
 ぐぐっと、トレイから手を外されそうになるが、必死に堪える。
「…力で勝てると思うのか?」
 両手首を持たれ、一気に左右に引っ張られた。
「―っ」
 手から放れたトレイがテーブルに当たり、絨毯の上に落ちた。
「……」
 顔上げられるわけない、恥ずかしすぎて顔が熱いのが分かる。見事に真っ赤に違いない。
「顔を上げろ」
「…今は無理です…」
「……。このまま連れて行くぞ」
「そ、それは困ります」
「だったら顔を上げろ」
「……」
 なおも上げずにいる遥を見て、溜息を吐く。そして、掴んでいる手の力を緩めた。
「…?」
 橘の手が放れたのでホッとする遥だったが、次の瞬間目を見開いた。
 顔を両手で挟まれ、グイッと持ち上げられたのだ。
「―なっ」
 ビックリしている遥を見た橘の第一声は、
「…茹でタコだな」
 だった…。
 さらにカーッと赤くなる遥。
「な、なにを、放してくださいっ」
 今度は遥が橘の両手首を掴んで放そうとするがびくともしない。
 かといって挟む力が強いわけではない。
 橘の手と格闘していると、橘が呟いた。
「…もしかして、嬉しかったのか?」
「――っ! わ、悪いですかっ」
「いや? そんなに嬉しいのか?」
「…嬉しいですよ。表裏なく、ああいうことを言う人はいませんし、それに、『付属』なんて言ったのはあなたが初めてですよ」
 手を放し視線を下に向けて遥は言った。
 その様子から、傷ついてきたことが分かった。
 橘は、片手を放してそのまま遥の頭を撫でた。
 遥はただ一連の橘の行動に驚いている。
 …な、なんなんだろこの人。やっぱりイマイチよくわからない。機嫌は直ってるみたいだけど。
 橘は橘で、己の行動に内心驚いていた。
 色々な女と付き合ってきたが、こんなことをしたことはなかった。
 相手はまだ子供だからか?と思いつつも、それでもありえないと思った。だが、気に入っているのは事実だった。
「いくらでも言ってやるぞ? それより、事が片付くまでうちに来い」
「……」
 何を言っても無駄のようだ。どうしても引く気はないらしい。
 わかりましたと微苦笑を浮かべた。
 数日分の着替えと制服を持って橘家へ向った。
 部屋の後片付けはこの一件が終わってからだなぁと溜息を吐いた。
 翌日のバイトと月曜日の朝にどよめきが起きたのは言うまでもない。