-11-

 一方その頃、アランのもとへ手紙が届いていた。
 ホテルのボーイが持ってきたもので、届けたのはヨーロッパ系の外国人だということ。
「なんでしょうね」
 レオが受け取り、異常がないかどうか確かめた後アランに渡した。
 ファミリーなら直接連絡をよこすはず。
 開封し、文章を読むアランの顔が険しくなった。
「どうしました?」
 手紙をレオに渡し、コートを取り出す。
「出掛けるぞ」
 内容を読んだレオの顔も険しくなった。が、出て行こうとするアランを止めた。
「どけ」
「罠かもしれません」
「だとしても放っておけるか? 遥を巻き込むわけにはいかない」
 レオの静止を振り切って飛び出すアラン。その後をレオと護衛たちが追う。
 言い出したら聞かないからな、まったく。
「遥さんはもう巻き込まれてますよ」
 レオは、移動中遥の身に起こった一昨日の出来事を話した。
「なぜ遥は何も言わないんだ」
 その場にいなかったもどかしさと、なぜ教えなかったのだという憤りを感じて、アランはガンッと車のドアを叩いた。


 はぁ…お腹が空いた。
 いったい今何時なんだろう。
 膝を曲げて、膝に額を乗せて目を瞑った。すると、足音が近づいてきた。気配を探るとどうもさっきの男ではなさそうだ。
 手下かな。
 遥は体制を崩さず様子を見る。
 足音は目の前まで来てしゃがむ気配がした。
『寝てるのか?』
 …イタリア語。しかもこの声は、あたしを襲ったうちの一人だ。
『…まぁいい』
 男はいやらしい笑みを浮かべた。
「―っ」
 遥は男の感情の変化に気付く。
 とても嫌な感情だ。本能が逃げろと警告を発している。
 男の手が遥の肩に触れたと思った瞬間、思いっきり後ろに突き飛ばされた。
 そのまま横倒しになった形だ。
「―っ!」
 倒れたとき、思いっきり左肩を強打した。
 いったぁ…。
 ―というより、なんとかしないとヤバイかも。
『へっ、この間の礼をたっぷりしてやるぜ』
 男は舐めるように遥の体を見る。
 ゾワリッと遥は全身に鳥肌が立った。
 男が覆い被さってくる。
「…っ」
 あと少し…あと少しで片方のピアスが外れる。
 ビリッ!
 胸元のシャツが破かれた。と同時にピアスが外れた!
「私に…」
 ポツリと呟く。
 男は胸元に顔を埋めながら、なんだ?とうすら笑う。
 男の唇が首に触れた瞬間、遥は叫んだ。
「私に触るなっ!」
『―っ!?』
 遥の叫びと同時に男の体は浮き、そのまま強い力で引っ張られたかと思った瞬間、男の体は壁に叩きつけられた。
 男は、ぐはっと呻き声をあげ気を失った。
「……っ」
 はぁはぁと、遥は荒い呼吸を整えながら縄と目隠しを外した。
 早く、ここから逃げないと。破れたシャツを隠すようにマフラーを巻き、気絶している男に一瞥すると部屋を出た。
 ここがどこかは分からないけれど、とにかく非常口へ。もう片方のピアスも外した。
 どうやらあの殺し屋はいないようだ。
 なんとか見つからずに外へ出ることができた。
「レオさんに連絡しないと」
 走りながら携帯をかけた。


「アラン様、あと十分くらいで到着します」
 運転手が告げる。
 アランはずっとイライラしていた。
 そんなアランを見ていたレオの携帯が鳴った。
「はい。…遥さん!?」
 レオの言葉にアランは車を停めるように言い、レオから携帯を奪った。
「遥っ! 大丈夫なのか!?」
 いきなりアランに代わって遥は驚いた。
『…びっくりした。大丈夫。その様子じゃ知ってるのね』
 落ち着いてる遥の声にアランは少しホッとする。
「お前を預かったと連絡があって」
『やっぱり。それで今アランはどこに?』
「それはこっちのセリフだ。今そっちに向かってるところだ」
『待ってアラン。私は逃げたから大丈夫、だからホテルへ戻って』
「しかし」
『…レオさんに代わって』
 渋々アランはレオに携帯を渡した。
「遥さん。お怪我は?」
 アランとのやり取りで遥が無事なのは分かった。
『大丈夫です。それよりもレオさん、このままホテルへ引き返してください』
「本当に大丈夫なんですね?」
『はい。引き返さなければ狙撃されます。私が逃げるとき、殺し屋はいませんでした』
 おそらくアランたちが到着するのを待ち構えているに違いない。
 遥の言葉にレオは頷く。
「分かりました。ホテルへ戻ります。ですが遥さん、自宅へ着いたら連絡をください」
『はい。必ず』
 そして通話を切った。
「本当に引き返すのか?」
 アランはまだ納得していない様子だ。遥の姿を見なければ落ち着かないらしい。
 そんなアランの心情が手に取るようにわかるレオ。
「大丈夫です。本当に遥さんは逃げ出せたようです。それに、このまま行けば狙撃されるとの事です」
「……」
 たぶん、遥が逃げ出せたのも殺し屋がいなかったということになるのだろう。
 わかったとアランは言い、運転手に引き返すように言った。

 大通りまで走ってきた遥は、とりあえず住所を確認すべく、番地が載っている電柱を探した。
 確認すると、かなり離れていた。駅でいえば十駅分はあった。
「…どうしよう」
 所持金はゼロ。あるのは携帯のみ。電子マネーもチャージしてない。
 はぁ〜と溜息を吐いた。
「歩いて行くしかないか」
 線路沿いを歩いていくにしてもどれくらいかかるやら。
 携帯の時計を見れば、すでに二十二時は回っていた。最低でも一時間半はかかるか…。
「…お腹すいた…」
 遥はとぼとぼと歩き出した。


 遥が逃げ出してから三十分後、ボスと呼ばれる男、ディアン・マイクレイーが頬を引きつらせて、気絶している部下を睨んでいた。
「起きろっ! いつまで寝てるっ」
 ガッと男の肩を蹴りつける。
 ぐぅと男は胸を握り締め唸った。
 その様子に殺し屋はピンときた。なおも蹴りつけようとするディアンを止めた。
「…肋骨をやられている」
「なに?」
「手を出そうとして、返り討ちに合ったってところだろう」
 見た感じ、そんなに強そうには見えなかったが。
「…な、にか…、変な力で…、壁…に、」
 ぜぇぜぇ言いながら男は声を振り絞った。
 ディアンは目を細める。
「なるほど。あの娘におかしな力があるのは確かなようだな」
 他の部下に怪我人を運ばせ、殺し屋に、面白い物を見せてやると言いこの場所を後にした。


 フラフラと線路沿いを歩いている遥。
「…はぁ…」
 お腹すいた…。これが夏場じゃなくて良かった。
 …奴らが追ってくる気配はないけれど、この時間に一人歩きは無用心だよねぇ、線路沿いというあまり人気がないところを。でも、下手に街中を歩くと迷う可能性が出てくるし。確かこの辺はいろんな道が交差してたし。
 はぁ〜と大仰に溜息を吐いたとき、スーッと隣に車が並んだ。
「……」
 横目でチラッと見つつそのまま無視して行こうとすると、助手席の窓が開いて女性の声がした。
「ちょっとあなた、ミセラの店員さんじゃない?」
 ミセラ、それは遥がバイトをしているお店の名だった。
 遥は足を止め車のほうを見る。
 女性は車を停め、助手席側へ身を乗り出した。
「あぁやっぱり、私のこと覚えてるかしら?」
 女性はニッコリ笑った。
 美人…、お客さんの顔を全て覚えているわけではないけれど、この美人さんには覚えがあった。
 遥は頷いた。
「とりあえず乗って、こんな時間に一人歩きは危険よ」
 ちょっと迷ったが、正直助かった。
「私は篠宮麗子よ。家まで送るわ」
「ありがとうございます。私は宮城遥です」
 シートにもたれかかると、体が鉛のように沈む感覚がした。同時に急激に眠気が襲ってきた。
「隆也さんの近くなんでしょ?」
「…隆也?」
「橘よ」
 あぁ…。
「そうです」
 …変に力を使ったせいかもしれない、瞼が重い…。
「それにしてもこんな時間に一人歩きは危険よ? なんでまた歩きで?」
「……」
 返答が返ってこない。
 麗子はチラッと助手席を見ると、遥は眠りに落ちていた。
 ふぅ…と息を吐くと、携帯を取り出した。
「…私よ、これから一人お客様をお連れするわ。部屋の用意を…違うわ、可愛い女の子よ」
 くすくす笑いながら遥を見て、すぐに真顔になった。
 遥の胸元に目線が行く。
 マフラーで隠しているが、隙間からシャツが破れているのが見える。
 片手で遥の袖をそっと上げる。
 …赤く擦れた痕がある。
 この分じゃ、足首にもありそうね。
「いったい何があったの…」
 麗子は自宅へ車を走らせた。
 隆也に知らせるのは明日でもいいわね。