-20-

 ほほほ、と理事長が笑った。
「そうですわね、ライバルは強敵揃いですわ」
「綾子まで…」
 確かに遥を狙ってる奴は多いだろうと思ってはいたが、まさか全校生徒ときたか。
「なんだか面白そうですね、私も参戦してよろしいですか?」
 ずっと成り行きを見ていたレオが言った。
 その言葉にアランが反論した。
「レオっ! お前まで何を言ってるんだっ。普通俺の援護をするんじゃないのか?」
「確かにそうなんですが、面白そうですし。私も遥さんを気に入ってますしね」
 まぁ、一番の強敵は橘氏でしょうけど。
 アランは頭を抱え、三人は笑った。
 そんなやりとりがされていることなど思いもしない遥は、急いで家に帰った。

 家に着いたときはすでに午後四時を回っていた。
「……」
 どうしよう…。
 家の中に人の気配がする…。
 しかも、なぜ二人?
「…イヤな予感…」
 そう思いながら、そ〜っと玄関を開けて中を覗いてみる。
 …男物の靴が二つ…。
 みんなが海外に行った後、自分以外の履き物は仕舞ってある。
 ということは…、一つは兄の物で、もう一つは…
 恐る恐るリビングの扉の前まで行き、中を覗いてみると。
「……」
 兄と、見覚えのある後ろ姿の男性がいた。
 ど、どういうこと!?
 なんでいるの!?
 しかも、なんだか凄く冷たい空気が漂っているのは、…気のせい…じゃないわね。
 ガックリと遥は肩を落とした。
 そして、意を決して中に入った。
 ガチャ。
 扉が開いた瞬間、二人の男は振り向いた。
 遥を見た瞬間、兄の顔がパッと輝いた。
「遥っ!」
 そして、ぎゅうっと遥を抱きしめた。
 遥は微苦笑しつつも、片手で兄の背をポンポンと叩いた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「もう、先輩から連絡貰ったときは心臓が止まるかと思ったぞ」
 先輩とは威の父親のことだ。
「…ごめん」
「お前が無事で良かった」
 わしゃわしゃと遥の髪を撫でる。それでも遥を放そうとはしない。
 遥は客人のほうに顔を向けた。
「…どうしてここにいるんですか? 橘さん」
 そう、見覚えのある後ろ姿は橘だった。
「どうしてと言われれば、お前の荷物を届けに来たんだ」
 そう言いながら、遥のボストンバックを指差した。
「そんな、荷物なら取りに行きますよ。…忙しいのにありがとうございました」
 嘆息しながらもお礼は言った。そして、兄の手が震えているのに気が付いた。
「…お兄ちゃん?」
 顔を上げ、兄の顔を見ると、何か恐ろしいものでも見たかのような形相だった。
 視線の先に遥のボストンバック…。
 あれがどうかしたのだろうか?
「そ、」
 ん?
「それは、お前がいつも泊まりの時に持っていくバック!」
 ゲッ!
「おおお兄ちゃんっ」
 まずい!
 ヤクザのとこに泊まったなんて知ったら大変だ!
 橘さんが危ないっ。
 ガシッと遥の肩をつかんだ兄は、ガクガクと遥を揺さぶる。
「遥!どういうことなんだ!? この男の家に泊まったのか!? ヤクザの家に泊まったのか!?」
 必死の形相で言いまくる兄。
 遥は「おお、おおお兄ちゃん、おち、おちつ」と、思いっきり揺さぶられながらも兄を落ち着かせようとするが、まったく聞こえてない様子。
「…お前の寝顔は見ていて飽きないな」
 ポツリ、橘が言った。まるで兄を煽るかのように。
 ピタッと、兄が固まった。
「た、橘さん! なんてこと言うんですかっ!」
「本当のことを言ったまでだが?」
 しれっと言い放つ。
 この人は〜〜〜〜!!!!
 ガチ。
「……」
 後ろからイヤな音が響いて、振り返ると。
「―!!!」
 兄が銃を手にしていた。
「そこへなおれーっ! 橘隆也ーーーーっ!!!」
 そう叫んで銃を橘に向けたのである。
 いやーーーーーーー!!!
 どっから持ってきたのその銃ー!
「お兄ちゃん!ストーーーップ!」
 遥は両手を広げて橘の前に立った。
「この人は私の命の恩人! 何かしたら嫌いになるからね!」
「ぅ…」
 低く唸ったあと、渋々と銃を下ろした。
 遥の『嫌いになるからね』は暴走した兄を止める特効薬だった。
 まだブツブツと言っている兄を放っておいて、遥は橘を外へ連れ出した。
「…すいません…」
 グッタリと、申し訳なさそうに言った。
 そんな遥に、ポンポンっと遥の頭に手を置いた橘。
「面白かったぞ。刑事か?」
「そうです。今回の件がバレてしまって、急遽一時帰国したんです」
「…面白くなりそうだな」
 ふふ、とタバコに火を点けて言った。
 その間も遥の頭を撫でている。
「……」
 この橘の行動に遥は困っていた。
 無碍に払いのけるわけにもいかず…。
 やっぱりおかしい…、いったいこの人に何があったんだ。
 榊さんに視線を向ければ、ニッコリと笑うだけだし。
 遥は密かに嘆息した。
 そして思い出した。
「そうだ、橘さん。今回の件ではすごく助かりました」
「…突然なんだ?」
「ですが! 一人で来るなんて真似は金輪際しないでくださいねっ!」
 キッと真っ直ぐ見つめて遥は言った。
 突然真っ直ぐ見つめて何を言い出すかと思えば、
「そんなことか」
「そんなこと!? あなたは総長なんですよ!? こんな小さなことでもしものことがあったらどうするんです!」
「小さくはないぞ」
「小さいです! ただの一般の女子高生を単身で助けに行くなんてありえません! 自覚してください!」
 遥は頭の上にあった橘の手を退けていた。
 今にも掴みかかる勢いで言い放つ遥に、しばし考え込む橘。
 いや、考え込むフリというべきか。
 橘にとって遥は決して小さいことではない。
 いつからかわからないが、橘の中で遥は特別な存在になりつつあった。
 だが、そんなことを今言っても彼女は聞く耳をもたないだろう。
 だが…
「…そうだな、以後気を付けよう」
「そうしてください」
 腕を組みながら溜息を吐く遥。
 ヤクザを敵にしたくないもの。
 車に乗り込んだ橘は、遥に不適な笑みを浮かべた。
「…?」
「婚約の噂、本当にするか?」
 ……は?
 遥は固まった。
 目が点になったまま動かなくなった遥を残し橘は去っていった。
「……」
 な、なんか今、とんでもないことを聞いたような…。
 婚約の噂…?
 …噂?
 ええええええーーーーっ!?
「…アランの勘違いじゃなかったの…」
 遥はボー然とその場に立ち尽くしていた。
 橘が放った爆弾とも言えるこの言葉に、これからの遥の生活が波乱に満ちたものになることは言うまでもなかった…。






−了−